奈良の建築家 浅野勝義の家づくりBLOG

沖縄 首里城

 
沖縄 首里城
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沖縄 首里城
首里城 正殿

2019年10月31日早朝、
ベッドで寝ていた私の耳に遠くで火事の様子が 聞こえています。
それは、テレビの画面の中で沖縄の首里城、正殿・北殿、南殿が 燃え落ちてゆく
シーンでした。
その時、私は現実と夢との間にあるような気持ちで見ていたのを 覚えています。

私は6年前の2014年1月に、沖縄の首里城を訪れています。

今回のブログは、現在、灰燼となってしまった正殿・北殿、南殿を 思い出し、
その時の様子を少しでも紹介したいなと思い、アップしました。

首里城は琉球王朝の王家の居城で、沖縄県では最大の城。
過去には何度も焼失しているとのこと。 1945年の沖縄戦で破壊。 
本格的な復元は、1980年代から行われ、 1992年に正殿などが復元されました。

入口の正門、守礼門です。 賑やかな雰囲気で迎えてくれます。

首里城
守礼門

石造りのアーチ門、歓會門を潜ります。

首里城

更に、石の階段を登ったところに瑞泉門があります。

首里城

この辺りに来るとかなりの高台で、遠くに海が見えます。

首里城

その先には漏刻門、大きな木造の廣福門を超えると、広場に出ます。
ここは、下之御庭と呼ばれているところです。

首里城

正面に大きな奉神門が見えます。
ここを潜ると、、、正殿・南殿・北殿に囲まれたお庭に入ります。
潜ってみます

沖縄 首里城
正殿前

広場を囲んで真正面に真っ赤な正殿が見えます。

左手には北殿。

首里城
首里城 北殿

正殿の右手には、南殿。

首里城 南殿
南殿

奉神門、正殿と北殿は朱塗り、南殿は何故か灰色。 
朱塗りであった ものが退色したのかは不明。(古いのか? 復元は同じ時期だと思うが)

広場に引かれているラインは儀式の際、並ぶ目印に使われていたとか。

中に入ります。
正殿の中は2階建てになっているようで、梁が露出されており 天井は低く感じました。
日本の寺院や平城宮の大極殿などは大空間を見せるのと違いがありますね。
まあ、その場合2階は使いませんけれど。 実用的なんですね。

首里城 正殿
正殿内部

2階はどうなっているのだろうと思い、調べてみましたところ、
2階部分は王妃や女官の場所であったとか。

ちなみに本来の木造建築として復元された建物の正殿を再建するに当たり、
構造材の大半はタイワンヒノキと、本土産のヒノキやアスナロとのこと。
実際に太い木材が使われていたようです。

何処も建築用材に苦労しているのですね。
近年再建される寺院などは、まず初めに柱などの大きな材料の確保が
一番ですから。

首里城 正殿
1階御差床(玉座)

豪華絢爛です。
装飾や彫り物で囲まれています。

中央にある椅子、とっても豪華ですが、デザイン的にもとっても良いと感じました。
座り心地も良さそうです。

首里城 正殿
正殿 とても好いデザインです。 デコラが・・・ 

この御差床(玉座)前の建具。 反対側ね。

正殿正面の扉に当たります。
広場にいる人々は、この開口部越に玉座が見える訳ですね。

首里城
首里城
正殿正面の建具がこれ

近くに折り畳みタイプの椅子もありました。
これはシンプルでとっても良かった。

建築もそうですが、私は椅子にとっても興味が湧きました。
もう一つ畳のベンチもあったのですが、これも良かった。

首里城

正殿南側から入り、北側から出て行く順路になっています。

最後に正殿唐破風の上にいた龍で終えたいとおもいます。
ありがとうございました。

首里城


浅野勝義/奈の町


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