浅野勝義[一級建築士・宅地建物取引士・2級FP技能士]が30年100件以上のスキルや経験を、住まいの選択でお悩みの方へ、建築や不動産、資金計画など幅広く発信しているblogです。

高野山 金剛峯寺

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高野山真言宗総本山 (古義真言宗系)

壇上伽藍 中門



 所在地 和歌山県伊都郡高野町高野山152
 本尊 大日如来
 開基(創立者) 816年弘法大師空海
 電話 0736-56-3215
 アクセス 南海電鉄で南海線なんば駅から極楽橋駅、極楽橋からケーブルで高野山駅へ。バス・タクシーにて。
 駐車場 有 ( 各所に無料有 )
 拝観料 金堂・大塔各200円、金剛峯寺500円等
高野山は弘法大師空海が開いた真言密教の霊場です。
その広さは、63.1haもあり、山の上にお寺の町がそっくり
そのまま存在している「山上の都市」なのです。
高野山には壇上伽藍と言われる金堂を中心とする伽藍が
あります。その他に金剛峯寺、数多くの宿坊、国宝の多宝塔
を持つ金剛三昧院、そして奥の院へと巡ります。


橋本に近い九度山から車で20km少し。
九度山を出るとすぐに山道に入ります。
杉・ヒノキの木立の中を40分ほど走ったでしょうか、
突然目の前に高野山の朱塗りの大門が飛び込んできました。
この大門から奥が根本道場高野山な訳ですが、
この中に入ってみて驚きました。
ここには町があるのです。
寺院は当然と言えばそうですが、銀行に商店、スナックに
たばこや、酒屋、豆腐屋、そして学校までそこにありました。
確かにこの町に入るまで、全くの森だったのです。
それは山の上に突然出現した町でした。
弘法大師空海は、この高野山を修行の道場と決め、ここに
伽藍を建立しました。
この壇上伽藍は、根本大塔を密教宇宙の中心軸として展開
しています。 そして長い歴史を経て諸堂の配置も高野山
独自のものとなっています。
中央に金堂、金堂の西側に西塔、対称に根本大塔があり、
その周りに各御堂が建ち並びます。
まず、金堂です。



高野山の総本堂です。
御本尊は薬師如来。
建物は木造瓦葺き入母屋造り、6間7戸の大きさ。
819年明神社建立の後、伽藍諸堂のうちで最初に建設に着手
されました。もとは講堂、御願堂などと呼ばれていたようです。
幾度となく焼失しており、現在の建物は昭和9年(1934)に
再建されたものです。
見ただけで、高さも広さも大きい建物だと圧倒されます。
西塔

壇上伽藍建立の基本計画によれば、講堂(金堂)をはさんで
根本大塔ともう一基の塔を建て大日如来の密教世界を具体的に
表現展開する、という構想があったようです。
西塔は弘法大師の御遺志により887年に建立されました。
現在の建物は五度目の再建で1834年に欅材で建てられました。
5間5戸の方形で、初層に裳腰とその上に小さな覆鉢を置き、
更に大きな屋蓋で全体を覆う。
柱は外陣に20本、内陣に12本、中心に4本と中心柱で合計37本
とし、金剛界37尊を象徴しています。
御本尊は金剛界大日如来です。
大きさと美しさを兼ね備えた、すばらしい多宝塔です。

根本大塔

壇上伽藍の中心にそびえ建っているのが根本大塔です。
真言密教の根本で、金堂とは異なる意味で中心となります。
幾度となく落雷に会い現在の建物は昭和12年に再建された
もので、5間5戸の方形で瓦葺き。高さ約50m、30m四方の
大きな建物。見たものを圧倒させられます。
内部には、中央にひと際大きな胎蔵大日如来、その四方に
金剛界四仏を安置しています。
16本の柱には堂本印象画伯の筆になる十六大菩薩、壁には
真言八祖像が描かれています。

六角経蔵

金堂の西南方に建つ六角形の経蔵。
建物は1159年に建立されましたが、焼失の後、1934年に再建
されたもの。
この経蔵は、鳥羽院の妃であった美福門院が、鳥羽院の菩提を
弔うため、金泥で書写した一切経を収める経蔵として創建され
ました。
この建物の特徴は、基壇の上のところに、把手がついており、
回すことができるようになっています。
これを廻せば一切経典読の御利益があると云われています。
不思議な魅力を持つ六角堂で、デザイン性もひと際美しい。
御影堂

御影堂は方形造り五間四面の桧皮葺。
その美しい形は伽藍の中でも特別で、各所に細工や加工が
されている。 高欄のデザインも美しい。

弘法大師の持仏堂、念誦堂ともいわれるお堂なのですが、
「御影堂」の名は、真如親王の御筆による大師御影(秘仏)
を安置したところによるものです。
現在の建物は1847年に再建されました。
「弘法大師御影像」は旧暦3月21日「旧正御影供」の前日の
御逮夜に、年に一度だけ一般の方へ拝見する事ができます。
不動堂(国宝)

1197年に鳥羽院皇女八条女院の御願により行勝上人が創建
した、一心院谷の本堂であったものを移築されました。
現在の建物は14世紀前半に再建されたもの。
鎌倉時代の和様建築で、平安期の住宅様式を仏堂建築に
応用したもの。
本尊の不動明王坐像は平安時代後期の作で重要文化財、
その脇侍である八大童子立像は運慶作で国宝に指定。
また、この不動堂も国宝。
この後は壇上伽藍を出て、金剛峯寺、奥の院、そして
金剛三昧院に伺いました。
その話は第二話にて。

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