建築家+住宅コンサルタント[一級建築士•宅建士•2級FP技能士]の浅野勝義が、住宅設計の知識や経験から住宅のお悩み相談承ります。

 第3回 バブル期のマンション購入_バブルを経て

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中古住宅探しの注意点。
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 第3回 バブル期のマンション購入_バブルを経て

売買契約から完成までに価格が2倍?

‘89年の11月に完成引き渡しという事で、内覧会がありました。
内部を確認して、傷や問題点等があれば手直しするという、
引渡し前のチェックです。

はじめて高層階の部屋に脚を踏み入れて、その明るさと視界の
広さに驚きました。

設計の仕事では、8階程度のマンションを数棟設計し、
現場監理をしてきたのですが、さらに高い階数は初体験。

とっても気持ちが良い。
それが素直な気持ちでした。

新しいマンションの玄関前には集中ポストがあり、見てみると印刷物があります。

なんと、【このマンション、4500万で買い取ります。】と‼

支払いも済んでいないし、入居もしていない段階で、2倍の価格で
買い取るって?

これが本当のバブルが始まっていました。

 

冷静に自分のマンションが2倍になったという事は、市場にある
物件も同時に2倍になった訳ですが、不思議なもので、自分達が
4,500万の資産を持っているものと勘違いし、5000万位の物件に
目が行くようになるのです。

5000万程度の物件なら買えるんじゃないかな。
そんな考えが普通になる。
これはとても危険な考え方です。

だって、バブルの真っ最中だし、これから更なる銀行金利が高騰
していく8%超えの時期だったのです。

変動型金利は’91年にかけて、最高潮の8.4%という恐ろしい局面へと
移って行きました。

設計の仕事ですが、この’91年までは、バブルの影響もあり仕事の
単価もどんどん上がりました。
マンションの設計も更に地方へと進み、四国で初めての億ションの
計画にも参加しました。

「収入も上がっていたので、それ位は払えるよ。」といった安易な
考えが芽生えたのもこの頃だったと思います。
当時、皆がそんな気持ちだったのかもしれませんね。

 

当時の私の仕事は…

20代から独立して設計事務所をやっていましたが、若い頃は建売住宅が
主で、30代になると、賃貸マンションの設計や住宅都市整備公団の意匠
設計図を作成する仕事をやっていました。

マンションの設計は、働き始めた頃からしていましたので期間でいえば
もう23歳頃からでしょぅか。25歳にはRCだけでなく鉄骨造も設計図を
書いていました。

独立してからは鉄骨の高層の賃貸マンションも結構な棟数を設計させて頂きました。
今と違うのは、発注者が個人ではなく業者である事。
個人のマンションも設計させて頂きましたが、その中心は業者でしたね。
当時、RCの高級な低層マンションも設計監理させて頂きました。

住宅の設計もしている傍ら、建売の業者さんに気に入って頂き、大規模開発
から戸建てのプランまで出来たことは自分にとっても大きな経験になりました。

開発分譲会社の考え方や、土地の見方などはこの時期に覚える事が出来たと言えます。
調整区域に建物を建てる申請もこの時期でした。
今考えると、本当に勉強させて頂いた時期だったのですね。

そしてバブル期
個人事務所だった若い頃の私は、
「言い値を払うので事務所を閉めてうちに来てくれないか」と誘われることも度々。
知り合いの設計者も働いていた設計事務所を辞めて、移りましたね。

そんな事があちこちでありました。
当時は業界が好調のインフレでしたが、現在のインフレは景気が良くなくて
素材が高騰するコストプッシュ型なので、違いますね。

そして、‘91年の後半、突然の金融引き締めによって市場のプロジェクトが一斉に止まったのです。

 

バブル崩壊が始まりました

 当初は、少し様子を見ればまた銀行の引き締めも戻り、事業が始まる
だろうとみていたディベロッパーは、気が付けば連絡が着かず、
事務所はもぬけの殻、景気の良かった不動産屋や工務店は倒産。

不動産価格も皆が躍っていた頃の価格から1/4から1/5へと、どんどん
下がります。

その頃、印象深い思い出があります。
ある分譲住宅地に住んでいる方の話ですが、住んでいる中古住宅が
高額になった為、売却しようと契約と同時に新しい分譲団地の公募に
申し込み、当選したのです。
しかし計画中(当時私が住宅の計画をしていました)にバブルが崩壊し、
中古住宅売却の決済前に手付金流しで契約の解除となり、結局
新しい家を購入する計画がなくなったというケースがありました。

中古住宅を購入しようとした方も、あまりにも価格の下落が激しい
ために手付金を払ってもやめる決心をしたのです。

それは僅か契約から決済までの短い期間で起きたのです。

 奈良でもバブル期には、駅近でもない田んぼの中にマンションが建つ
計画で、何倍もの競争率で申し込みがあったのを覚えています。

バブルの崩壊と共にマンションの価格も、同じように下がってゆきました。

そしてこの後の不景気は、結局30年以上続いたことになります。

 

 

短い間だったけど、自宅マンションの売却。

私のマンション購入について話を戻しますが、

マンション暮らしでは、 高層階でもエレベーターがあれば特に困ることなく、
商業施設も目の前でしたので、結構快適なマンション生活でした。

面倒なのは、エレベーターの乗り降り時に同じ住民と出会う為、
常に挨拶するのが面倒だったかもしれません。
これは気にならない方の方が多いと思います。

2人目も出来、子育てなどの事情で、引っ越しを決めたのは、2年後の’91年の秋でした。
景気後退期でしたが、購入価格よりも3百万程高い価格で売却が決まりました。

無事売れたという事で、夫婦でお祝いに食事へ行ったのを今も覚えています。
倍の価格は夢で終わりましたが(笑)
価格割れしていないだけもラッキーだったと言えるでしょうね。

 

あの頃とは経済の勢いが違う

2022年の半年を終えた今、感じる事は、なんと言っても建築費の高騰では
無いでしょうか。
インフレーション。

バブル期にもこのインフレはありました。
しかし、当時とは違うと感じます。

日銀は目標である2%の経済成長が収入を伴っていないものであり、このまま
経済政策を続けてゆくと言ったように、原材料ばかりが高騰するこの状況は、
90年代のバブルとは大きく違ったものに感じます。

当時は、一般のサラリーマンも我々自営業者も皆仕事が好調で、お金も手元に
充分回っていました。
市場金利は8%迄異常な数字ではありましたが、それ以上に経済が回っていれば
充分返済も可能だという考え方がありました。

現在は、
経済は落ち込んでいるにも拘らず、建築費の高騰で、新築のペースが急激に
落ちています。

建築費が安定する様なニュースすらない状態で、メーカーは値上がり、商社は
注文ストップと価格変更の話ばかりです。

家を建てたい、買いたいと考えててられる方にとっての唯一つの救いは、低金利です。
アメリカが利上げで円安が進んでいるからと言って、もしこの時点で日本で
利上げがあったとすると、どうでしょうか?

 

 

日銀の金利が上がると住宅業界は・・・

住宅ローンの金利が上がるという事は、大事件です。
(アメリカの金利上昇のペースを見れば分かります)
あっという間に返済できる金額ではなくなり、家を建てられる人が無くなって
しまいます。

ある程度の期間はこのまま低金利が続くのかもしれませんが、どこかで転換期
が来ると思います。

その時どうなるかですね。
上がってから固定にするのは既に遅いでしょうから。

 

 

私がもし30代で、買いたいと考えているのならどうするだろうか?

現在の金利がとんでもなく無く安いので、変動金利にするか、
35年の安心を取るために固定にするか。

バブル当時を過ごしたことのある人なら分かると思いますが、
当時(変動)6%台から考えると、35年固定フラットの1.4%というと
ほぼ0金利に匹敵する金利だという感覚です。(変動0.38%が異常なだけで)

私がもし30代で、買いたいと考えているのなら、
うーん、やっぱり35年固定で借りて、繰上げ返済を使って短期返済かな?

 

浅野勝義/奈の町

 

 

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