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飛鳥寺

真言宗豊山派 飛鳥寺(安居院)


■ 所在地 奈良県高市郡明日香村飛鳥682
■ 本尊 釈迦如来座像(重文)
■ 開基 588年蘇我馬子が発願し、596年に創建
■ 電話番号 0744-54-2126
■ 拝観料 境内自由 本堂拝観料350円
■ 駐車場 有(有料500円)
■ 交通 近鉄橿原神宮前駅東口より周遊バスにて飛鳥大仏前下車今年1401才を迎えられる飛鳥大仏(釈迦如来)は、日本最古の (最高齢)の仏像です。

岩の上に1400年間座られて、大化の改新をはじめ日本の歴史を ずっと見てこられました。

鎌倉期に落雷で五重塔から発火。 延焼で金堂が焼け落ちる中、両脇待の菩薩様も融解し、業火の 中で真っ赤になっても残ってられたとお聞きします。
その後雨ざらしのままの時期もあったと聞きますが、ここに 日本の仏教の原点があります。

 

三月にも関わらず、この春のような陽気の一日。 風を感じながら明日香を歩いてみました。甘樫丘近くに車を止め、田園の中を走る遊歩道を歩くと 飛鳥寺の屋根が近づいてきました。



この遊歩道に沿って歩くと、蘇我入鹿の首塚を先に目にする ことができます。

伝説によると、飛鳥板葺宮で蘇我入鹿が中大兄皇子と藤原鎌足 による、いわゆるクーデター? が行われた際、入鹿の首が ここまで飛んできたという話。(ちょっと距離がありすぎ)
献花がされていました。



今回、私は西側の門から入ります。

この門の近くには鐘楼があります。
この鐘楼は、1745年建立。昭和の名鐘と言われています。



現在はこじんまりしたお寺ではありますが、6世紀末には日本の 中心である飛鳥の本格的寺院です。 それもわが国初。

当時は法興寺とも元興寺ともいわれました。 (現在の元興寺の基となる寺院) 当時は塔を中心として、中金堂と東西金堂が囲んで建てられて おり、その周りを回廊が囲むという大伽藍でした。



平城遷都の際に移ったのが大寺院である元興寺。 飛鳥にあるこのお寺は本元興寺と言われ残っていました。

しかし、鎌倉期(1196年)の塔に落ちたら落雷で焼失。 延焼で金堂も焼失。 その後は釈迦如来座像のみが建物もなく雨ざらしだったと お聞きしました。

現在ある本堂は、江戸時代に建てられたもので、お一人お座りに なっている所へ建物を建てたとのこと。 光背もなく、脇待もないですので、天井もそう高くない建物です。



本堂の中へ入りますと、中央に釈迦如来座像、右側に阿弥陀如来、 左側に聖徳太子像が祀られています。
※このお寺は写真を撮っても構わないとアナウンスいただけました。

釈迦如来座像



釈迦如来座像は、火災時に受けた損傷で、後に補修をしたのが 痛々しく感じられます。
お顔は後世のように丸いお顔ではなく、面長で、目はしっかり 見開いています。(杏仁形) 当時目は書かれていたそうですが、今は消えています。

火災の際、真っ赤となって炎の中にあるその姿を想像すると、 荘厳さと恐ろしさが入り混じっていたのでしょう。 当初のまま残っているのは、お顔と右手の中指、薬指、人差し指 などだけと言われています。

この仏像は青銅製で、当時銅15トンを使用し、その上に鍍金 (黄金30キロ)を用いてつくられました。 大きな石の上に座ってられます。

この釈迦如来座像を制作した仏師は、鞍作鳥(くらつくりのとり)。 この十数年後に法隆寺金堂の釈迦如来座像をつくりました。 お顔の作風が似ているので見ただけで分かります。

右向きのお顔は厳しいお顔で、左側は優しいお顔だとか。
左向きも撮ってみました。
如何でしょう?



釈迦如来座像の向かって右側の仏様は、阿弥陀如来さま。



こちらは丸くて優しいお顔です。
藤原時代の作で鍍金は肌の部分がほぼ取れており、地の木部が 出ていますが、均整のとれた姿と薄眼を開けた姿がなんとも 言えない雰囲気を醸し出しています。 印相は、最上階位の上品上生。

こちらに寄られた際は、明日香の田園をゆっくりと楽しんで ください。 田園の中の遊歩道を歩くだけで、新しい発見や感動に出会えます。

蘇我の馬子の墓と言われている石舞台に寄られたら、ご一緒に どうぞ。

‘09.3


タグ :釈迦如来 阿弥陀如来 聖徳太子
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