奈良の建築家 浅野勝義の家づくりBLOG

長谷寺

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真言律宗豊山派総本山 長谷寺


■ 所在地 奈良県桜井市初瀬731-1
■ 本尊 十一面観音(重文)
■ 創建年 奈良時代(8世紀前半 )
■ 開基 道明上人
■ 電話番号 0744-47-7001
■ 拝観料 500円(観音特別拝観期間は特別拝観料1,000円別途)
■ 駐車場 有(有料)桜井市にある”花のお寺”として有名な長谷寺をご紹介します。
7000株の牡丹が咲くという牡丹の有名ではありますが、実は春は桜・ 夏は紫陽花・秋は紅葉・冬は寒牡丹と一年を通して花が咲いている お寺なのです。

長谷寺は山号を豊山(ぶざん)とし、686年、道明上人が天武天皇の 為に「銅板法華説相図」を初瀬山西の丘、現在の五重塔の近くに安置した。
これが元長谷寺です。

その後の727年、徳道上人が聖武天皇の勅願によって本尊の十一面観音を 東の丘、現在の本堂の場所にお祀りになりました。
この二つが一緒になって長谷寺が成立していると考えられてます。 平安時代には長谷寺が観音信仰の根本霊場となっています。

 

「仁王門」(重文)
は二階建ての総門で、楼上に十六羅漢、両脇に 仁王像を安置しています。
現在の建物は明治十八年(1885)に再建 されたものです。

庇(軒)は深い四手先

仁王門から外を見る



仁王門を越えると「登廊」(重文)が繋がっています。
階段と屋根部、そして灯籠が遥か先まで続いているかのようにみえます。
実はこの階段、この仁王門から399段ありますとアナウンスされていました。

この段階を見ただけで登るのを諦める方もいるようです。
登ってみれば大したことはありません。
景色が変わるので見ているうちに 最上部に到着します。



登廊の屋根部瓦は本瓦葺きとなっており、その丸瓦のデザインは長谷寺 すべて共通のデザインで、丸(リング)が二つの形です。



一度目の折り返し地点でのショット。
ここに御手洗と休憩ベンチ、天狗杉があります。



偶然お坊さんが通り抜けられたので、一枚頂きました。
この階段は、開山堂へ繋がる階段です。



さて、この登廊の柱は、石の基壇に建っており、初め材種は欅ではないかと 思いました。 ただ、階段の上部(三回折れ)に上がるとはヒノキだと思います。

柱と梁(曲がっている横架材)の関係は、柱に梁を貫通させ、楔で止める手法。  ”門”形状を固めておいて、桁(上り方向の横架材)は、舟肘木に乗せて 垂直荷重を柱へ伝えています。
またこの桁は柱の上部を貫通しているので 振れ止めの効果としても一役担っています。

登廊を登り終えると、そこは鐘楼の一階部になります。 鐘楼ですからこの上階には鐘があります。

見どころとして、朝六時には時を知らせる鐘が、 午後には鐘と法螺貝がの音が響き渡ります。



鐘楼の隣は本堂(国宝)となります。

本堂は、本尊を安置する正堂(しょうどう)、相の間、礼堂(らいどう)から 成る巨大な建築物で、特に正面は京都の清水寺本堂と同じ様な舞台造に なっています。

長い階段の登廊と、この舞台が長谷寺のイメージになっているのでは ないでしょうか。

建物は、入母屋造本瓦茸の大きなお堂で、奈良東大寺大仏殿に次ぐ 最大級の建造物。 (正確な寸法は確認していません)
間口柱間九間・奥行五間の正堂と、九間・四間の礼堂、その南側に 更に五間・三間の外舞台を持っています。
本堂は奈良時代から七度焼失しており、その度再建されています。  現在のものは豊臣秀長の援助で1588年に完成しました。



さて、本堂の中は内陣の中に、内内陣(本尊のある場所)で構成されて おり、内陣はこのような磨き上げられた床を持つ美しい空間になっています。

内内陣は本尊の十一面観音菩薩があるため写真は不可です。 御本尊は高さ10メートル余り。木造の仏像では最大。 一目見て、「大きい観音様!」と言ってしまいました。

十一面観音ですが、その手に錫杖を持っており、地蔵菩薩の様式をもつ。 これは地蔵菩薩と同じように自ら人間界に下りて衆生を救済して行脚する 姿を表したものとされているらしい。
この形式を、「長谷寺式十一面観音」と読んでいるそうだ。

外舞台と、その床下はこのようになっています。清水さんを思い出しますねー。

 



また、外舞台から見える景色は初瀬の景気を見渡せるすばらしい ロケーションだ。



この外舞台から内陣を通して十一面観音さんを伺うことができ、お参りする ことも出来ます。

二回目 へ続く。

‘09.4

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